2011年
7月
31日
日
食欲がバクハツだ。
数日前から顔面マッサージを始めた。朝晩2回、暇があれば昼間も、ゴシゴシと顔面をしごいて肉を落とす(はずの)作業に没頭している。なぜそんなことを始めたのか。もちろん最近の自分の食べっぷりの良さに恐れを成したからである。
アルゼンチンで私の食欲は文字通りバクハツしている。
スーパーで買った肉を食塩だけでジュージュー焼いて、簡単な自家製ドレッシングであえただけのサラダを添え、パン屋で買った固いパンと一緒に食べる食事の美味なこと!肉だけではない。ラビオリなどのパスタ系も美味しい。更にはオヤツ系も豊富な種類と圧倒的な甘さ、そして何より食べ物は基本的に安いのだから、太るという恐怖以外は自分を止めるものがない状況なのだ。
と思って鏡を見たら、確かに顔が丸くなっている。ということで急きょ始めた顔痩せマッサージ。ゴハンをモリモリ食べたあと、寝る直前に甘いものを食べ、あとはマッサージをして寝る。脂肪はしっかり身体についているが、とりあえず顔はスッキリしている。他人様にお見せするのは顔だけだから(冬の間は)、ひとまずこれで良しとしよう。後の部分は、暖かくなったら考えようじゃないか。
本日ダンナが買ってきたアイスクリーム(上図)。サイズはご覧のとおりで、1.5kgも入って30ペソ(600円)。業務用(に使ってる店もあるのかもしれないけど)かと思うような大きさだが普通のスーパーに売っている。因みにチョコ、バニラ、ストロベリー全て滑らかで美味しい。
左のお菓子はフワフワのスポンジの間にチョコレートとドュールセデレーチェというアルゼンチンの伝統菓子(とろけるキャラメルみたいなもので、粗全てのお菓子に入っているといっていいくらい)がサンドされている。相当甘いが今の私にとってはもはや敵ではない。コーヒー2杯でペロリと平らげることができる。
こんなにご飯(オヤツも)が美味しいと、日本に帰った時が辛そうだ。日本では料理をイヤイヤやっていた私が、グチ一つ言わずに毎日夕食の支度をしている。そして残すどころか子ザル達の残りものまで食べている。これで太らない筈がないだろう。だからやります、今夜も顔面マッサージ。さっきもやったけど、もう一回...
2011年
7月
29日
金
アンパンマン
子ザル達がハマっているアンパンマンの登場人物に『ロールパンナ』ちゃんというのがいる。ロールパンナちゃんは諸事情あって良い心と悪い心の両方を持っていて、悪い心に支配されると打倒アンパンマンを使命としてバイキンマンの手先のようになる、という具合である。
このロールパンナちゃんは主要キャラとしては最も複雑で寂しい登場人物だろうと思う。
ウタが言うには、自分にも良い心と悪い心があって、そのどちらかによってラクへの対応が変わるそうだ。(因みにラクもよく、「たしゅけてアンパンマ~~ン。」と助けを求めている)
ウタがアンパンマンを猛然と観始めた長野の実家ではピンと来なかったが、こちらに来てから1時間程の劇場版をネットで一緒に観るようになった。途中で飽きるものもあるが、いくつかのストーリーは非常に奥深い。子供用にまとめているが、お恥ずかしながら涙がチロっと出たこともあるほど感動的な話もある(子ザル達と四六時中一緒の生活からストレスで涙腺が弱っていた可能性もあります)。
分かりやすいストーリーと掴みのある登場キャラ(&ネーミング)で、ウタくらいの子供が初歩的な教訓を学ぶのに適していると思える。実際に一緒にアンパンマンを観るようになってから、観たストーリーや登場キャラを引き合いに出して、ウタに物事の善悪や良し悪しを説明することもある。ウタにとってもビジュアル化されているから分かりやすい。(だからといって彼の行動が改善する様子もないけど...)
やはり子供の影響でアンパンマンにハマったという長野の友人たちは、私が(その当時)アンパンマンの奥深さが分からないと言ったことで引いていたが、正直私こそがその友人たちの姿に引いていた。もし彼女達が当ブログを見たならば、きっと「ざまーみろ」と思っているだろうが、今では私も彼女達の一員です。アンパンマンは奥深い!
さて、日本に居たら私もアンパンマングッズに手を伸ばし、ウタラクの身辺をアンパンマンで埋め尽くし始めたかもしれないが、ここは日本の裏側だ。その心配がないことだけが今は救いです...
2011年
7月
25日
月
ある週末の森山家
後日談だが、ダンナが友人フェルナンドに時計のことを話したら、案の定呆れて笑っていたという。普通のアルゼンチン人は120ペソも出して時計を買わない(と買うときにもダンナに言われたが)ということらしい。でも可愛らしい手作りの木製置時計が2400円なんて日本なら大安売りもいいところ。
あの時計を日本に輸入して売ったら、かなり儲けが出るのでは...才能もないのに商売根性だけがこのところ上がっていくように感じている...(気を付けよう本当に)
2011年
7月
22日
金
ともかく万歳!
アルゼンチンに来て半月、今日は記念すべき日だ。
というのも、これまで一人でアパートを出たこともなかった私が、洗濯屋(*1)に洗濯物を取りに行くと同時に新しいのを預け、アパートの目の前にあるチャイニーズ経営のスーパーで買い物をし、自力で鍵を開けて部屋に戻り(*2)、その後子ザル2匹を連れて7ブロック離れた最寄の公園に行ったのだ。
常にバギーを嫌がって抜け出すタイミングを狙うラクと、すぐに疲れたといって抱っこをせがむウタを連れて、穴ぼこだらけの歩道を7ブロック歩く(ウタのペースに合わせると20分かそれ以上かかる)のは怖かったが、今日は終日ダンナが留守だし、2匹を家に置いておけば一日中アンパンマンを観て終わってしまう。何とかして外に出したかった。
アルゼンチンでは思った以上に英語が通じない。アメリカ大陸といっても学校の第二か国語で英語が必修化されていないのかもしれない。街中もスペイン語表記ばかりで英語表記は殆ど存在しないし、スペイン語がまるで出来ない私は書いてあることも読めないと来ているからお手上げだ。また当然といえば当然だが、英語で話してみてもスペイン語で返ってくる。カタコトの英語でさえ殆ど返ってこない。
そんなところで、もし子連れで外出して何かあったらと思うとそれだけで外出が億劫になったし、一人の買い物さえもイヤになっていた。そんな臆病者にとっては小さいながらも大きなステップだと思う。ということで、一人小さくバンザイした次第である。
(*1) 普通の洗濯物を持ち込むと洗濯・乾燥・畳みまでして返してくれる店が山ほどある。家で洗濯しないのか、とお思いだろうがアパートにあるドラム式洗濯機は日本と同じように入れると重すぎて回転しない。結果、家族4人の洗濯物が日々溜まっていくので毎週1~2度頼むことになるのだ。多分この国には「洗濯屋保護法」がこっそり存在して、その為に洗濯機の機能をわざと落としているのだと勝手に思っているがどうだろう。
(*2) この国ではアパートに入るにも出るにも鍵が必要である。それも日本ではお目にかからないような、何ともレトロな形をしている。この鍵がクセものなのは、間違った方向に回転させると開かない。と言うと当然のようだが、開かないのに回転はする。一度間違った方向に回したり、上下が逆だったりすると、次には左右どちらにも回せなくなって、その時点で閉め出し決定となる。直す方法はあるのだろうが(ダンナはすいすいと直すし開けられるから)、不器用で短気な私はコツが掴めずに失敗を繰り返し、一度実際に数分間締め出されてホトホト嫌になった。
2011年
7月
21日
木
バスルーム事情
「森山家日誌」で「新しい特技」を読んだ方が誤解するといけないので先手を打って正します。写真だとキレイに見えるこのバスルームは、実は全くキレイでも快適でもない。悲しいことに床はコンクリートが剥き出しになっていて寒々しいし、換気窓は閉めても隙間風がピューピュー入る。雨の日は雨まで入ってきた。バスタブ付近の壁面もカビが生えている。どうしても取れない汚れ以外は通常入居前に清掃されている日本と違って、ここは掃除をされた形跡がない。他のところは粗キレイなのに、なぜここだけ?
更に、これは西欧文化だろうからアルゼンチンに限ったことではないが、日本と違ってバスタブしかないので、子ザル2匹を同時に入れると大騒ぎになってバスルーム全体がびしょ濡れだ。その心配があるからこその、”コンクリート剥き出し”床なのか。
毎日毎日、シャワーを浴びる際にホームシックにかかる今日この頃です...
2011年
7月
18日
月
肉とワインとキッズスペース
ダンナの友人家族とDinnerに行った。ブエノスアイレス市内に住む彼らご推薦のレストランは、子供のプレイルームがついた肉料理(アサード)の店だ。
なにしろ子ザル達と朝から晩まで一緒の生活が約1か月続いているせいで、私のストレスレベルは最高潮に達している。ボロ布のような顔をして、こちらに来てから何かと面倒を見てくれるダンナの友人Fernandoに疲れた疲れたとグチをこぼしていたから、こういう店を敢えて選んでくれたのだろうか。とにかくコンセプトが素晴らしかった。
1階はカウンターの内側で肉がジュージュー焼かれており、テーブルスペースは恐らく子連れ家族以外のゲスト用だと思われる。
2階に上がると、やはり内装は1階同様にシックでオシャレ。照明も暗めの大人スタイル。だがフロアの一番奥にガラス張りのプレイルームが見える(写真上)。ここはちょっとした遊び場、というレベルをはるかに超えている。まずプレイステーションができるゲームマシンやボールプール、そこから繋がっている滑り台、更に幼児用のテーブルスペースではお絵かきや塗り絵、ビーズ遊びができ、その後ろの壁は黒板になっていてチョークで絵も描ける。世話係のお姉さんが一人いて、子供達に危険がないか、例えばラクがボールプールで溺れないか見ていてくれるので安心だ。
2階は子連れグループばかりで、子供達はプレイルームとテーブルを行ったり来たりする。プレイルームでパワーを発散してくるせいか、テーブルに付いている間は比較的静かで、食べ飽きるとまた遊びに行くという具合である。お行儀がいいとは言えないが、親は子供の心配をあまりせずに大人だけの食事ができる。
料金は子供用のメニューを頼んだ場合は650円ほどで、料理を頼まない場合はプレイルーム料金として360円ほどかかる。360円にしては余りあるサービスだと思う。
得てして私は1か月ぶりに、心からリラックスしてお酒を飲み、食事と会話を楽しむことができた。但し、この国では夕食の時間が遅い。この日も20時にスタートして終わったのが23時半である。それもうちの子ザル達が遂にテーブルで寝始めてしまったので、じゃあ明日(金曜)もあるしお開きにしますか、という感じだったから、子供がいなければもっと遅いのかもしれない。
ちなみに、友人家族の末っ子で5歳になるルシアも来ていて、言葉が通じないのにウタと団子になって遊んでいたが、彼女は最後までお目目パッチリだった。翌日も9時から保育園だというけれど、問題なく行けるのかとこちらが心配になる。
私はというと、久々に楽しい時間を過ごしてお酒でユラユラしながら眠りについたまでは良かったが、翌朝5時過ぎに吐き気がして目が覚め、そのまま夕方まで気持ち悪かった。飲みすぎ食べ過ぎには要注意の国である…
2011年
7月
14日
木
引越し
仮住まいのアパートで丸々1週間過ごした。その間に前述したような不便さにも多少慣れ、もとい諦めがついてイチイチ落ち込まなくなったが、窓から望める空が四角く切り取ったような部分的なもので晴れなのか雨なのかの判別も難しいという眺望の悪さと、それに伴う日照条件の悪さについては日増しにストレスが募っていった。
すぐそこがサンタフェ通りという大通りで、車や人の往来が激しいことは当然ながら、子供用の遊具がある公園まで7ブロックもある。どこもかしこも車と人がいっぱいで、さしずめ新宿のような光景だ(個人的感想です)。どんなに公園に行きたくても、以前住んでいた石神井公園や長野の田舎のような具合に子ザル2匹を伴ってテクテク行く気になれない。歩道もコンクリートがきれいに均されている日本と違って、石畳は所々が砕けるか穴が開いている。犬のフンもあちこちに地雷のごとく仕掛けられている。子ザルのどちらかをバギーに乗せたとしても、のんびり歩ける環境とは言い難い。
あらゆる要因が子連れママの行く手を阻む屋外に出る勇気と気力がなければ、電気を全部つけても薄暗い牢獄アパートに居るしかない。どちらにしても気持ちが暗くなることこの上ないのだ。
そんな新宿から、このたび裏原宿あたりに引っ越した。
一応事前に写真は見ていたので眺望と日照が良いことは分かっていたが、部屋に足を踏み入れた瞬間、外光だけで充分明るい室内と広いテラス、その向こうの眺望にア然。階数が違うだけで別世界なのだ。すぐそばの通りはショップやカフェが建ち並ぶ界隈だが、それでも「新宿」に比べれば車も人も少ないので多少は安心だろう。
目下、新たな悩みは子ザル達がベランダから落ちないか、ということだ。環境が改善されても子供にまつわる心配事には事欠かないようだ...
追記: 新居のお風呂は事前に設定した熱さでずっとお湯が出る。万遍なくシャワーが浴びられる幸せに浸る私と、久しぶりにお風呂に浸かって大はしゃぎした子ザル達。しあわせ...
2011年
7月
09日
土
アルゼンチン到着
1か月以上前に起きたチリ火山噴火の火山灰が風に乗ってオーストラリアまで飛んできて、その為にブエノスアイレス行きのフライトが欠航を繰り返した。いつ飛べるか分からないのに、待っている間に子ザル達が熱でも出したらフライトが飛んでも我々が飛べない。外食とテイクアウトばかりで、栄養状態も心配だ。その心配から、残念なことに後半のシドニー滞在は心から楽しむことができなかった。幸いにも2匹は大いに元気なままで、助かったのだけど…
オーストラリア人が皆そうなのか知らないが、少なくとも我々が出会ったシドニーの人々は誰もが大抵礼儀よくにこやかで、かなり印象が良かった。これは、シドニーからロスに飛んだ時に久しぶりに大量のアメリカ人を見て、オージーとの違いが歴然としていたのでハッキリ言える。アメリカ人は空港職員というだけで態度が大きく威張っている。人々を列に並ばせるだけに、大声を張り上げて何度も同じことを繰り返す。こちらはまるで家畜になったような気分である。15年以上前にアメリカに暮らしていた時に味わった嫌な思い出がよみがえる。あの頃はそうしたアメリカの側面をポジティブに見ていたが、アラフォーになった私には滑稽にさえ見えた。もちろんアメリカには教養もあり人格も良い素晴らしい人も大勢いる、がその反対も同じくらいいるのだ(と思う)。そういう人たちと対峙することが刺激的に思えた時代もあったが、今の私にその元気はなく、ロスとダラスの空港を経験しただけで、自分がアメリカに住むことは二度とないだろうと静かに確信して、心は急ぎ足でブエノスアイレスに飛んだ。
さて、我々がブエノスアイレス到着直後から1週間お世話になるアパートについて…。
仮住まいなので多くは望まないが、それにしても日本の標準的なアパートに比べると悲しくなってしまうような所である。日本的に言えば築50年位のアパート?でもダンナに言わせれば、これがアルゼンチンの標準だという。
まず、コンロに火をつけるにはマッチが必要である。最初は怖くてなかなか火が付けられなかった。火の調節をしていて誤って消してしまったりすると、鍋をどけて再度マッチを擦らなければならない(泣)。その瞬間に鍋を投げつけたくなる。チャッカマンでもあればいいのだろうが、最寄のスーパーにもキオスクにも売っていない。これはマッチが主流だからなのか、チャッカマンが存在しないのか、それすらも分からない。
お風呂も問題。159cmの私が最大限に手を伸ばしても届かない所にシャワーがあって(当然ホースはない)、そこから出るお湯の量には限りがある。このアパートについているガス湯沸かし器(上の写真で冷蔵庫の上に見える円柱型のタンク)は小さ目らしく、目いっぱい目盛を回しても少なくとも私は体・顔・髪の全部は洗えない。初日に入った際、シャンプー中に冷たくなってきて大急ぎで洗い流した時には殆ど水だったので(今は冬です…)それ以来リスクは負わないことにして毎日のシャンプーを諦めたのだ。自分も含めて、子ザル2匹も熱いお風呂に浸からせてあげたいが、多分バスタブにお湯を張ったら体を洗うお湯はなくなるだろう…。大きなガス湯沸かし器だと、使い切ってもすぐに燃焼を始めるので連続して熱いお湯がでるらしいが、ここのはそうではないらしい。ションボリ。
ということで、残念ながら今のところ快適生活を送っているとは言いづらい(少なくとも私だけ)。日本では当たり前の、消費者目線に立ったお利口な家電製品が家事を助けてくれないし、便利な調味料にも事欠いているからだ。でもこの不便さこそが海外生活の醍醐味と言えるかもしれない。日本にいたら到底経験できない時代遅れの生活を体験した後帰国した暁には、日本の見るもの全てに感動するかもしれない。そうそう、そうやって前向きに考えよう...